投稿日:2006-07-24 Mon
寝ぐずりがひどいとき、機嫌が悪いとき、大泣きする0チビを黙らせる一番効果的な方法は
だっこして歌を歌うことだ。
特に「どんぐりころころ」の効果は抜群!
お池にはまって、ドジョウに救われ、一緒に遊んだものの、
やっぱりお山が恋しくなって、泣いてドジョウを困らせる……。
そんなシチュエーションが泣いているチビにぴったり重なる。
先日、ママが「どんぐりころころ」を歌っていたときのこと。
「れいちゃん、出てくるのはウナギじゃダメなのか?」
などと、わけのわからないことを言い始めて、
♪ウナギが出てきてこんにちは〜♪と替え歌で歌っていた……。
散々いろいろな替え歌を試した挙句、
「ところで、ドジョウってどこに住んでいるの?」と一言。
“お池にはまって”って、自分で歌ってるじゃん!
これが、れいちゃんママの実態です。
投稿日:2006-07-21 Fri
先日、帰りが遅くなることが分かっていたので、0チビとママは、ママの実家にお泊りでした。
一泊した翌日、パパがお迎えに行ったら、
チビはババちゃんとずっと遊んでもらっていて
部屋に入ってきたパパにちっとも気付かず。
チビの背後に座って、肩を叩いても振り返らなかったので、
ババちゃんが「パパが来たよ」と言って、
体の向きをパパのいるほうに向けてくれました。
いつもならパパを見て笑ってくれるので、それを期待していたのに、
目をまん丸にして「何でパパがここにいるんだ!?」とでも
言っているかのような様子で言葉がまったく出てこない!
そして、しばらくパパを見ていたら、
何と急に泣き出しやがったのだ(しかも大泣き)!!
一泊しただけでパパを忘れたのかと不安になりましたが、
まったく知らない人と会ったときの顔じゃなかったので
パパという人間を認識した上での話だったのだなと解釈。
1、普段ババちゃんのおうちにパパがいない。
2、そのパパが知らない間に僕の後ろにいた!
3、何で? 何で?
4、……。……。びえぇ〜〜ん!!
というふうにパニックになってしまったのでしょう。
チビなりに周りの環境に対する理解ができてきたという証です。
こうやって少しずつだけど、確実に成長していくのだなぁ。
投稿日:2006-07-13 Thu
自分の子どもを「○○ちゃん」のように“ちゃん付け”で呼ぶ親がいるけど、
何か甘ったれた感じがして、とてもイヤな感じがする。
まさにバカ親丸出し。
それから自分のことを「○○ちゃんパパ」とか
「○○ちゃんママ」などと呼ぶのも、愚の骨頂である!
その「○○ちゃん」と言われるのに限って
可愛げがなかったりするのだよな……。
その点、うちのれいちゃんの場合、
もしパパが“ちゃん付け”で呼んたとしても
可愛いいし、愛想がいいのでまったく問題なし。
さらにれいちゃんは、男気にあふれている立派な赤ちゃんなのです。
とはいっても、甘ったれた感じがするのは否めないので、
オレがうちのれいちゃんを呼ぶときには、
ちゃん付けをしないように気をつけなくては……。
れいちゃんパパ
……あれっ?? こんなはずじゃあ……。
投稿日:2006-07-10 Mon
4年に一度のサッカーの祭典は、PK戦を制したイタリアが24年ぶりの優勝となりました。
1時から番組が始まるというので楽しみに待っていたら、
開口一番司会者が言ったことは
「運命のキックオフまで、あと1時間30分となりました!」。
……。見たら眠れないじゃん。
結局、生TV観戦をあきらめて寝ることにしました。
ところが、うちのチビはよくできた赤ちゃんで、
朝5時に目覚めてパパを起こしてくれました。
テレビをつけたら、試合は延長の後半!
ジダンの退場、PK戦での決着など主要な部分をナマで見れました。
いつもなら目が覚めたらおっぱいを飲んですぐ寝るのに
すっかりさわやかに目が覚めてしまったようで
パパのお膝に座って早朝サッカー観戦でした。
W杯中、赤ちゃんが夜中に起きたときって
PK戦の直前とか決まってその試合の見どころだったりする。
スポーツ観戦好きの遺伝子が、確かに受け継がれているのかも……。
投稿日:2006-07-07 Fri
今日で0チビは、0歳6ヵ月となりました。何度も書いていることですが、
ずっと前からこうして一緒に暮らしている気もするし、
あれからもう半年が経ったのかとしみじみ思うこともあります。
いつも一緒にいるので、普段は気がつきませんが、
ちょっとした拍子に「そういえばだいぶ大きくなった」とか
今までできなかったことを普通にこなしていたり
とにかく一つひとつ成長していく様子はうれしいものです。
最近読んだ本『夜回り先生』のなかにこんな一節がありました。
この世に生まれたくて、生まれる人間はいない。
私たちは、暴力的に投げ出されるようにこの世に誕生する。
両親も、生まれ育つ環境も、容姿も、能力も、
みずから選ぶことはできない。
何割かの運のいい子どもは、生まれながらにして、
幸せのほとんどを約束されている。
彼らは豊かで愛に満ちた家庭で育ち、
多くの笑顔に包まれながら成長していくだろう。
しかし何割かの運の悪い子どもは、生まれながらにして、
不幸を背負わされる。
そして自分の力では抗うことができない不幸に
苦しみながら成長していく。
大人たちの勝手な都合で、不幸を強いられるのだ。
(水谷修『夜回り先生』サンクチュアリ出版2004より)
うちの0チビが“何割かの運のいい子ども”となるように
努力していきたいと思っています。
△ PAGE UP

